『二本の銀杏』(ふたもとのぎんなん)

(初出・・・・昭和34年10月21日〜36年1月6日「東京新聞」)
(刊行社・・文春文庫上下、新潮社・新潮文庫、六興出版上下)
(分類・・・・小説)


(写真)二本の銀杏
 海音寺潮五郎氏の代表作であり、司馬遼太郎氏をして「名作」と言わしめたのが、この『二本の銀杏』である。
 海音寺氏はその生前、一つの壮大な計画を持っていた。その計画とは、幕末から太平洋戦争敗戦に至るまでの日本近世史を、庶民の生活を通じて一つの作品に描くというものであった。
 海音寺氏は、その壮大な作品の総題を『日本』と名付け、当初三部作の小説として執筆する予定でいた。三部作として完成させようとした海音寺氏の胸中には、アメリカの女流作家、パール・バックの長編三部作『大地』があったのである。
 パール・バックの『大地』は、激動期の中国を舞台に親子三代にわたる物語を、「大地」、「息子たち」、「崩壊した家」の三部作としてまとめた長編小説である。海音寺氏は、その『大地』のような作風を目指そうと考え、『日本』を上・中・下の三部作としてまとめ、脈絡はありながらも、それぞれ独立した物語を書きたいと考えたのである。
 そして、この海音寺氏の壮大な構想を元に書かれたのが、『日本』の第一部にあたる、この『二本の銀杏』である。

 『二本の銀杏』は、幕末期に近い天保年間の薩摩を背景とし、肥後と国境を接した赤塚郷がその舞台である。
 赤塚郷には、村の東西に北郷家(ほんごうけ)と上山家(うえやまけ)という二つの家があり、両家の庭には樹齢二百年くらいの雄、雌の銀杏の巨木が、雄木は北郷家に、雌木は上山家にあった。
 物語は、この北郷、上山両家の長きに渡る因縁と葛藤を、その時代の歴史背景を描き出しながら、両家の人々を中心に展開していく。
 物語の主人公は、上山家の当主で、武士と山伏を兼ねる兵道家・上山源昌房(うえやまげんしょうぼう)である。源昌房は、農民達が貧しい生活のために相次いで逃散する農村の実状を憂い、当時の薩摩藩家老・調所笑左衛門(ずしょしょうざえもん)に直訴し、川内川の改修工事や農地開墾事業の許可を得て、工事の着手を始める。この川内川の改修工事を中心に、代々赤塚郷の郷士頭を勤める北郷家の当主・北郷隼人介(ほんごうはやとのすけ)、隼人介の妻でありながら、源昌房と不義の仲になってしまう・お国、川内川の改修に反対し、源昌房とことごとく対立する福崎乗之助(ふくさきじょうのすけ)など多彩な人物が登場し、幕末期の薩摩の農村の風土や生活を生き生きと活写している。
 海音寺文学の最高傑作とも言える『二本の銀杏』。
 是非一度は読んで頂きたい小説である。



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