「火の山」(ひのやま)
(初出・・・・昭和36年1月7日〜37年8月15日「東京新聞」)
(刊行社・・新潮社、六興出版上中下)
(分類・・・・小説)


(写真)火の山
 『火の山』は、海音寺潮五郎氏が壮大な構想を元に描く予定であった長編小説『日本』の第二部にあたり、前作『二本の銀杏』の続編にあたる作品である。(『日本』については、『二本の銀杏』の解説をお読み下さい。)
 『火の山』の舞台は、前作『二本の銀杏』と同様、肥後との国境に接した赤塚郷であるが、今回の作品は、鹿児島城下も物語の重要な舞台として描かれている。
 物語の主人公は、前作とは違い、北郷家の当主・隼人介の嫡男・北郷隼太(ほんごうはやた)である。『二本の銀杏』では、まだ幼い稚児(ちご。薩摩では少年を指す)であった隼太は、本作品では立派な二才(にせ。薩摩では青年を指す)となっており、鹿児島城下の藩校・造士館(ぞうしかん)に勉学修行に出ている。
 当時の薩摩藩内は、弘化3(1846)年に、フランス船が通商と布教を求めて琉球(現在の沖縄県)に来航したことによる琉球問題によって騒然となっていた。隼太も、造士館に通うかたわら、西郷、大久保といった青雲の志を抱く青年達と交わりを持ち、欧米列強諸国の脅威が迫りつつある薩摩の国情を、大いに憂いていた。この琉球事件をきっかけに、動乱期を迎える薩摩の情勢や、青年期を迎えた隼太の微妙な心情や思春期の感情などを描きながら、物語は展開していく。

 『火の山』の大きな特徴は、物語の中盤から、薩摩古来の兵道家による呪術の様子を描いていることである。兵道家とは、武士にして山伏を兼ね、一旦戦争時になると、陣中で敵の大将などを呪詛調伏する役目を負う南九州特有の職業である。
 兵道家の敵を呪い殺すための凄まじい祈祷の様子が、非常に詳細に描写され、作品の中から溢れ出すほどの迫力を読者に与えるのは、鹿児島出身である海音寺潮五郎氏ならではの作品であると言えよう。
 また、物語のラストシーンは壮絶を極めている。あっと驚くような事態が生じ、強い衝撃と余韻を最後に読者に与えているのが印象的な作品である。



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