多くの人で賑わう秋の天文館(鹿児島県鹿児島市)




薩摩旅行記(8)「大阪出発、そして天文館から黎明館へ」
 2003年10月16日木曜日。
 定時に仕事を終えた私は自宅に飛んで帰ると、インスタントカレーをかっ込んで夕食を取り(笑)、大阪の梅田にある阪急バスの鹿児島行きのバス乗り場へと向かいました。
 いつもは愛用の近鉄高速バス「トロピカル号」を利用して鹿児島入りしていたのですが、今回は少し趣向を変えまして、阪急・南国交通バスの「さつま号」(←そのままのネーミング^^;)を利用しました。
 と、言っても、両方のバスとも料金は同額なんですけどね(笑)。
 今回の旅行では、いつも持って行く大型のリュックサックを持たず、スポーツバック一つとMYアコースティックギターを携えて、一見ミュージシャンばりの格好(?)での薩摩入りとなりました(^^)
 ですが、何のことはない、私は大阪でアコースティックギターを習っていて、その課題発表が間近に迫っていたため、夜ホテルか鹿児島の街中でギターの練習をしようと思い、ギターを持って行っただけなんですけどね(笑)。

 今回の鹿児島への旅もいつもと変わらず、往復長距離夜行バスを使いました。
 よく周囲の人間に「12時間もよくバスに乗れるなあ〜」なんて言われるのですが、私の強靭な体力(←?)の前ではビクともしません!
 と、言うよりも、鹿児島に行けるというだけで妙にハイテンションになっていますから、余り疲れないんですよね(笑)。(ただし、帰りのバスでは疲れて死んだように眠ります・笑)
 また、バスを利用すれば、往復21000円の低料金で大阪から鹿児島に行けるのですよ!
 飛行機を使うことを考えれば、かなりの格安ですよね(^^)
 と、ずっと思ってはいたものの、最近は飛行機の「超割」とか「早割」とかがあるので、めちゃくちゃお得とまでは言えないかもです(^^;
 で〜も、長い時間をかけて、ゆっくり旅の情緒を味わいながら鹿児島入りするのも、時間が許せば一興と言えるのではないでしょうか(^^)(←強引なまとめ)

 さて、今回の鹿児島行きの最大の目的は、何と言っても鹿児島県歴史資料センター「黎明館」で開催されている特別展

『激動の明治維新 −世界が動いた その時日本は 薩摩は 琉球は−』

 を見学しに行くことでした。
 この特別展に関しては、以前から黎明館の吉満学芸専門員からお話を度々伺っていたので、以前から見学を楽しみにしていたものでした。後で詳述しますが、この特別展に展示されていた史料の数々は、ほんとうに貴重なものばかりで、「素晴らしい」の一言に尽きました。おそらく、これを超える幕末関係の特別展はもう無いかもしれない、と思わせるほどの充実ぶりでした。この特別展の内容については、この後たっぷりと取り上げます(^^)

 話を戻して、さすがに夏休みでもない平日出発のバスのためか、バスは乗客もそれほど多くなく、今回は車内においても非常に快適な旅となりました。(乗客のほとんどの方が大阪から鹿児島に帰るようでした)
 また、私の席の後ろは壁になっていたので(私の席は、車内中央に設置されているトイレの前だったのです^o^)、思いっきりシートをリクライニングさせることが出来、もう〜快適快適!
 実はその昔、大阪から山口県萩市行きの長距離夜行バス「カルスト号」(近鉄バス)に乗った時、バスの一番後ろの座席だったので、快適かと思いきや、私のすぐ前の座席の中年男性が、

「ここまで倒すか、おぬし!!!」

 というくらいにシートを後ろに倒してきたので、まさに後席の私は「座敷牢」のような状態に追い込まれたことがありました……。
 だって、バスの一番後ろの座席は途中までしかリクライニングが出来ないのです(^^;
 シートは後ろに倒せないし、前の座席は目一杯倒されて座敷牢状態だし(^^;、目の前には中年男性のバーコード頭が見え、なおかつ臭いオーデコロンのニオイがプンプン……。
 その過ごしにくさと言ったら、言語に尽くしがたいものがありました(>_<)
 また、そんなにシートを後ろに倒すなら「少し倒しますね」とか一言あってもいいはずなのに一言も無しですからね〜。(座席を後ろに倒す時は、一言後ろの方に挨拶しましょうね)その時の恐ろしく眠れなかったことを考えれば、今回のバスはものすごく快適でした。

 午後8時に大阪を出発したバスは、山陽自動車道・九州自動車道をひた走り、翌朝の午前7時40分過ぎに鹿児島市内の「天文館」に到着。西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)ではなく天文館で下車したのは、私の宿泊するホテルが天文館に近い場所だったからです。
 天文館でバスを降りた私は、早速朝ご飯を食べることに。
 私はいつも鹿児島に到着した朝には、ミスタードーナッツの「飲茶セット」を食べることにしているので(←ジンクス?笑)、今回も迷わず「汁そばセット」を食べました(^^)
 えっ? 朝から濃い食事だなあ、ですって?
 私は朝からでも平気で焼肉を食べることが出来る男ですよ〜!(爆)

 朝食を済ませた後、この日は午前9時から鹿児島県歴史資料センター「黎明館」で特別展『激動の明治維新』を見学する予定だったので、まずは荷物をホテルに預けに行くことに。
 ホテルは鹿児島でいつも定宿にしている「ホテル&レジデンス 南洲館」です。
 このホテルは天文館からも歩いて近いですし、また官公庁街にも近いので、私のオススメのホテルです。何よりも「南洲館」という名前が良いですよね(笑)。
 そうそう、このホテルの前には「ラーメン鷹」という結構美味しいラーメン屋さんもありますので、ラーメン&西郷好きな方は鹿児島では是非こちらの宿にどうぞ(^^)
(宣伝したからと言って、私はホテルからリベート等は一切もらっていませんので悪しからず・笑)

 さて、ホテルに荷物とギターを預けた後、まずは黎明館に向かって歩いて行くことに。途中には、西郷さんの銅像も建っていますので、まずはこの前で記念撮影(^^)
 私は鹿児島に行くと、必ず西郷さんの銅像の前で写真を撮っています。そうすることによって、アルバムで私自身の変遷の様子を見ることが出来ますので(笑)。この恒例行事は、もう七年くらいは続けているかも?
 西郷さんの銅像前で記念撮影をし、私学校の跡を少し見学した私は、旧鹿児島城(鶴丸城)跡に建つ黎明館に向かいました。
 古来、薩摩には、


「城をもって城とせず、人をもって城となす」


 というような言葉があります。
 この言葉に象徴されるように、この鶴丸城は藩政時代にも豪華な天守閣を持たず、非常に質素で簡単な造りの平城でありました。
 少し話が飛びますが、この翌日に行なわれた「黎明館企画特別展記念講演会・シンポジウム『明治維新をめぐる国際情勢と薩摩藩』」の中で、幕末薩摩藩史の大家であられる芳即正先生が、


「何をするにも最終的には人が大事です。薩摩藩が幕末期にこれだけの活躍が出来たのも、全てはそういう人材が育ち、揃っていたから出来たのです」


 というようなことを強くおっしゃられていましたが、まさにその通りですよね。
 幕末の薩摩藩の政治力や強さというものは、全てはその人材から出ているのです。私もそれは常々強くそう感じています。




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